2007年12月23日日曜日

アンマンについて







こんにちは。臼井です。角田君が作ってくれたアンマン情報をブログにアップしときますね。アンマン派遣を考えている人は、最低限のアンマン情報なので参考にしてください。角田君が作ってくれたものに一部補足をしてあるのでご了承ください。


(外務省ホームページから転載)


<アンマンの歴史>
1946年にトランスヨルダンが王国として独立すると、アンマンはその首都に昇格するが、1940年代後半の人口はわずかに2万人程度であった。しかし、イスラエル独立をめぐる混乱の中で、ヨルダンにはパレスチナ人の難民がヨルダン川西岸から押し寄せ、トランスヨルダンにおける数少ない都市らしい都市であるアンマンの人口は急速に膨張した。その結果、居住地は都市の中心部を外れて、旧市街を取り囲む丘の上にまで拡大している。1990年代だけでも、パレスチナイラクなどからの移住者や難民もあり都市拡大のペースは加速し、西部に新市街が次々誕生する一方、水の供給が深刻な問題となり始めている。なお、1970年に発生したヨルダン内戦によってレバノンに追放されるまで、パレスチナ解放機構(PLO)の本部が存在していた。2003年のイラク戦争以降、イラク難民も増えている。 言語はもちろんアラビア語。

<人口について>
2003年のヨルダンの人口は548万人。人口増加率は2.8%で、パレスチナやイラクからの難民、またその他の国からの移住者が増えたこともあって、1961年の統計人口に比べ5倍に増えている。全人口の約3分の2をパレスチナ系国民が占め、そのうち国連登録難民は約170万人(2003年統計)となっている。国内にあるパレスチナ難民キャンプに居住する約18万人の難民に加え、キャンプの外で通常に生活しているパレスチナ難民の殆どがヨルダン国民として認められている。
ヨルダンの首都アンマンの人口は120万人でヨルダンの全人口の4分の1ほどにも及び、ヨルダンの政治、経済の中心都市となっている。人口の約7割がパレスチナからの避難民。2003年のイラク戦争後、難民が増え続け、ヨルダンでは、パレスチナ難民と合わせて都市難民が70万人以上いるといわれている。



<アンマンにいる都市難民情報>
そもそも都市難民とは集団のテント生活だが、難民認定を受け最低限の衣食住は維持されているキャンプにいる難民に比べて、住む家はあるが社会から孤立し、子供たちは学校も行く許可が下りず、経済的な保障がない人たちが多い。ヨルダンにいるほとんどのイラク難民は都市に住んでおり、その都市のインフラに影響を及ぼす。しかし帰国も第三国定住も難しく、UNHCRは自立プログラムを計画している。

<ヨルダンの危険情報(外務省ホームページ)>
2007/06/12に発出されたヨルダンに対する渡航情報
 ●全土
    :「十分注意してください。」(継続)
これは危険度4ランク中一番一番低いものです。
詳しくはhttp://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=54#headerを参照してください。

<その他>
航空チケットは片道9万円位(いろいろのぞいて)
赴任者に必要な予防接種
成人:破傷風3400、A型肝炎7500、B型肝炎5700

<参考>
JICA ヨルダン国情報(http://www.jica.go.jp/jordan/aboutjordan.html
外務省 ヨルダン情報(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jordan/index.html

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